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仙台地方裁判所 平成元年(ワ)801号 判決 1992年7月16日

仙台市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

吉岡和弘

同(復)

山田忠行

東京都中央区<以下省略>

被告

西友商事株式会社

右代表者代表取締役

東京都狛江市<以下省略>

被告

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

稲澤宏一

小嶋千城

同(復)

片岡剛

主文

一  被告らは原告に対し連帯して一八五万円及びこれに対する平成元年六月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項について、仮に執行することができる。

事実

第一原告の請求

被告らは原告に対し連帯して三四〇万円及びこれに対する平成元年六月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二双方の主張

【請求原因】

一  当事者

1 原告は、青森ひば材の問屋卸業を営むa工業協同組合のb営業所(以下でいう原告の勤務先とは同営業所を指称する。)に所長として勤務していたもので、事件当時○歳(昭和○年○月生まれ)の男性である。

2(一) 被告西友商事株式会社(以下「被告会社」という。)は、東京穀物商品・東京工業品等の各取引所に加入する国内公設商品先物取引員として、綿糸・大豆等の商品につき、商品先物取引の受託業務を主たる目的とする会社である。被告会社は、昭和三九年一月に設立され、東京日本橋に本店を、新宿、赤坂、仙台、大阪に各支店を置き、資本金二億四〇〇〇万円、会社員数一七八名(男子一四三名、女子三五名、平均年齢二八歳)の会社である。

(二) 被告会社は、これまで、新規顧客との間で数々のトラブルを発生させており、その被害は全国各地の消費生活センターや先物取引被害全国連絡会に寄せられている。また、全国の被害者が被告会社とその社員らを相手どった訴訟も数多く提起され、原告(代理人である吉岡弁護士)の知るところのみでも、仙台地裁関係七件、東京地裁関係五件、京都地裁関係一件もの訴訟が提起されるという異常な状態にある会社である。

3 被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、被告会社の仙台支店営業部副課長で、主として新規顧客の勧誘・獲得等を業務としている者である。

二  被告会社の詐欺商法と被害の発生

1(一) 平成元年五月ころ、被告Y1は、商品先物取引についての知識や経験が全くない原告に対し、原告の勤務先に電話を入れ、「先物取引をご存じですか。今、綿糸がとてもおもしろい状態なのでやってみませんか。うちの会社は通産省公認の信用ある会社です。必ず儲かります。一度、話だけでも聞いて下さい。」などと執拗に原告との面会を求めた。しかし、原告は先物取引の意味も仕組みも分からず、利殖にはさして関心もなかったので、これを断った。

(二) 同年六月五日ころ、被告Y1は、原告に電話を入れ、原告に対し、「所長さん、ちょっとだけでいいから、話を聞いて下さい。損な話ではありません。儲かる話です。」などと次々と畳み掛けるように長時間しゃべりまくり、原告が電話を切ろうとしても、「お時間は取らせません。ほんの数分で結構ですから」などと食い下がり、原告は、根負けし、やむなく被告Y1と面会せざるを得なくなった。

2 同日午後六時ころ、被告Y1は、他の営業社員一名を同行して、原告の勤務先を訪ね、原告に対し、「五〇枚、二〇〇万円を預けてみませんか。絶対、儲かります。今やらないと後悔します。例の中国問題で綿糸は必ず値上がりします。今回のようなチャンスを見逃す手はない。明日、明後日に入荷ストップにでもなれば、どうします。実際、上海では物を動かせないでいる。その結果、日本の紡績会社は品不足になる。現在は二七〇円以下ですが、日を追うことに高くなっている。大丈夫、値上がりは確実で絶対間違いありません。」などと、中国学生らの民主化要求の動きに触れて、綿糸が必ず値上がりし、多額の利益が得られると断定的利益判断の提供をして、契約締結を迫った。

原告が「これは相場なんでしょう。前に誰かが損をしたという話を聞いたことがあるけど」と質問したところ、被告Y1は、「あれは海外の違法会社がやっているもので、うちとは違う。それに、通産省は二年程前からそんなことはさせないよう指導しているし、業者もそうした悪徳商法はできなくなった。しかし、うちは、通産省の許可をもらってやっている信用ある会社だから安心してやって欲しい。」などと被告会社の豪華なパンフレットを示して、被告会社の信用力を強調し、さらに、原告から「預けたお金が半分に減ったり、なくなったりすることはないのか」との質問に対しても、「今、中国が混乱し綿糸は絶対数が不足しますので、そんな心配は無用です。私たちプロがお勧めしているのです。安心して下さい。」などと答えたが、原告は、そもそも、先物取引を理解しておらず、そんなうまい話はないと考え、引き取ってもらった。

3(一) 同月六日午前九時ころ、被告Y1は、原告に電話を入れ、原告に対し「所長さん、五〇枚を押さえました。」とはずんだ声で叫び、原告が「何のことじゃ。おれは注文した憶えはないが」というと、被告Y1は、「現在中国情勢は絶好のチャンスです。どうして、このチャンスをみすみす逃すのですか。間違いないから、是非やってみましょうよ。」などと既に建玉した(後述のとおり、被告会社は右時点で五〇枚の建玉をしていなかった。)ことを原告に伝えるとともに、長時間にわたって中国情勢を縷々説明したうえ、「お昼ころ事務所の方に伺います。」といって、電話を切った。

(二) 同日昼ころ、被告Y1は、原告の勤務先を訪ね、「今、中国はこのようになっています。私は、この道一筋に一〇年やっている。元本は絶対守られます。私に任して二〇〇万円を預けて下さい。もう五〇枚を押さえたのですから」などと中国問題に関する外電ファックスを示して、断定的利益判断の提供をするとともに、既に五〇枚があたかも原告の注文によって建玉され、もはや委託証拠金を支払うしか後戻りはできないかのようにいって、原告に圧力を加え、原告から「そんなに儲かるなら自分でやればいいじゃないか。」といわれると、「私達外務員はやってはいけないことになっている。だから、私は親戚の者にやらせて喜んでもらっている。」などとかわし、「初めての人にはその場でお金を頂くことになっていますが、所長さんの場合は明日までで結構です。お金は明日取りに来ますから。」などと畳み掛けて、契約を締結するよう迫った。そこで、原告は、被告会社の豪華なパンフレットや通産省公認の会社であるとの説明から、「お宅の会社は一部上場の会社ですか。」と質問すると、被告Y1は、「今は上場していないが、近い将来上場する可能性が高い。」などと答え、被告会社が信用ある会社であることを強調した。

4 そこで、原告は、被告Y1が礼儀正しく誠実そうにみえたことや、既に五〇枚をあたかも原告の注文で取り継いでしまい取消はできないといわれていたこと、右時点で、原告は商品先物取引の仕組みや危険性についての説明、限月や追加証拠金などの制度があることの説明も一切受けていなかったことから、先物取引は株式などと同じような利殖方法であると考えていたこと、一旦購入した後仮に値動きがあったとしても、長期間保有していれば将来必ず利益が生じるものであると信じていたこと、銀行に対する預金と同じく元本は絶対保証するとのことであったこと、被告会社は通産省公認で会社上場も間近い信用力ある会社であるとの説明を信じたこと、中国問題で絶対値上がりは間違いないとのことであったので、二〇〇万円程度なら勉強のつもりでやってみようとの心境になっていったことなどの理由から、原告は、被告Y1に対し「あんたを信用して二〇〇万円だけやってみよう。絶対、大丈夫なんだね。」と更に念を押したうえで、二〇〇万円を出すことを承諾した。

被告Y1は、すると、原告に対し、「これは簡単なアンケートです。ここに丸をつけて下さい。」などと、ことさらなんら問題のない文書であることを強調しながら、原告に次々と丸をつける個所を指示していった。その際、被告Y1がアンケート中に記載のある『追証制度の理解、出来た、出来ない』という文言のうち、「『出来た』という個所に丸をつけろ」と指示したため、原告が「追証ってなんしゃ」と質問すると、被告Y1は「今回は全く追証の必要はないものですから、問題ありません。とりあえず、丸をつけておいて下さい。」などといって、原告を安心させアンケートに記載させた。その後、被告Y1は、「明日、七日にお金を頂きにまいります。」といったが、原告は、金を出す前に被告会社を見ておこうと考え、原告自身が被告会社に現金を持参することにした。

同月七日正午ころ、原告が、被告会社に現金二〇〇万円を持参したところ、被告会社の豪華な応接室に案内され、ここでも被告Y1から新聞記事などを示され、すぐに儲けが出ると説明を受けた。そこで、原告は、被告会社と被告Y1とを完全に信頼し、既に押さえたという五〇枚の委託証拠金として二〇〇万円を被告Y1に手渡し、原告は、「あんたも若いのになかなか仕事熱心で良い。一生懸命で偉い。」などと被告Y1をほめたりしながら、被告会社をあとにした。

しかし、被告Y1は、それまで原告にいっていた同月五日五〇枚の建玉は右時点においては建玉しておらず、真実は原告から入金のあった直後である同月七日後場一節に建玉していた。

5(一) 同月九日、被告Y1は、原告に電話を入れ、原告に対し「今度、委託証拠金が一枚四万円から一枚六万円に上がりました。あと五〇枚三〇〇万円で買いましょう。」などと執拗に勧誘された。しかし、原告は、当初から二〇〇万円だけの予定であり、二〇〇万円を預けておけば銀行利子と同じく利益が出るものと思っていたところから、「これ以上は金はない。」と断ったところ、被告Y1は、「チャンスなのに勿体ない。誰かお知り合いの方を紹介して下さい。」と食い下がったため、原告は「わかった。考えてみよう。」と答えて電話を切った。

(二) 同月一〇日午後六時ころ、被告Y1は、原告に電話を入れ、「紹介の方はいかがですか。」といってきた。原告が「紹介できる人はいない。」と断ったところ、被告Y1は、原告に対し、「もっと、利益が見込める状況です。三〇〇万円を出してみて下さい。」と執拗に金員の提供を迫ったが、原告はこれに応じなかった。

6(一) 原告は、それ以後、被告Y1のことばを信じ、当然値上がりしていくものと考え、何ひとつ心配もなく、右取引にはさほどの関心も示さず過ごしていた。

(二) 同月一三日午前一一時ころ、被告Y1は、原告に電話を入れ、「思わぬ状況で値が下がっている。しかし、これも一時的なもので、二、三日位で上昇しますので、大丈夫ですから」などといわれた。そこで、原告は、事情もわからず、「とにかくよろしくやってほしい。」といって、電話を切った。

(三) 同月一四日午前九時ころ、被告Y1は、原告に電話を入れ、「大変です。古いものを持っていた人たちが売りを出し、ストップ安になった。売注文を出しておくから、三〇〇万円用意して下さい。」といわれた。原告は、目の前が真っ暗になり、被告Y1に対し、「君は絶対元本は保証する。万が一投資金の半分以下になりそうな場合はその前に適切な処理をしてくれると言ったではないか。どうして知らせてくれなかったのか。そんな馬鹿な話はあるか。なんぼ損をしているのか。あれほど間違いない、任せておけ、絶対損はさせない、といったではないか。どうしてくれるのか。なんで一二〇万円もの損になるのか。」と抗議した。これに対し、被告Y1は、「とにかく、相場は動きますので。それより、今すぐ手当しないと大損になり大変なことになる。損を押さえるために売りを入れましょう。これから、それについての説明に行きます。」などと緊迫した口調で原告に話した。しかし、原告は、当日多忙を極めていたので、被告Y1に対し「今夜、私が六時にあんたの会社へ行く。そこで、話すから待ってろ。」といって、電話を切った。

7 同日午後六時ころ、原告が被告会社へ駆けつけたところ、被告Y1は、開口一番、「所長さん。よかったですね。売り五〇枚がとれました。」と原告に告げた。そこで、原告は「何を言っているのだ。私は五〇枚を建てるなどとは一切言っていない。勝手に売り買いなどしても知らん。」と抗議すると、被告Y1は「大丈夫。せっかく両建にできたのです。今、やめると二〇〇万円はふいになるどころか、更に損失が出て、所長さんはこの損失分を支払わなければなりません。しかし、両建にしますと、売り五〇枚については、値が底をついたときに手仕舞いし、今度はどんどん値が上がっていきますので、その時は買い五〇枚を手仕舞いすれば、両方に利益がでます。私に任せていただいて、三〇〇万円を出してみた方が二〇〇万円以上の損を防げて有利です。絶対、損はさせません。すぐに取り返せますから、大丈夫です。もう、建ててしまったのです。三〇〇万円を用意するしか方法はないんです。」などと売り五〇枚三〇〇万円の支払いを迫った。しかし、原告は、「これまで何度も三〇〇万円は用意できないと説明したじゃないか。全然、当初の話と違うではないか。商売用の金には手をつけられん。もう全部やめにしてくれ。」と仕切りを要求すると、被告Y1は「すでに取引所につないだのですから、入金なくして終わりにできません。そうした事情はよく分かりますが、なんとか奥さんとも話し合って都合してほしい。二、三日なら待てます。このままではどんどんマイナスが増えます。」などといって、原告は、手仕舞いもできないといわれ、金も用意できず、困惑のまま、明日もう一度話し合うということで帰宅した。

8 同月一五日午前八時五分ころ、原告は、被告Y1に電話を入れ、「昨日、帰った後、朝まで眠れなかった。一晩中、考えたが、家内にも話せないし、どうしても金の用意はできない。二〇〇万円は私の失敗として諦めるから、もう全部清算してくれ。」と仕切りを要求をすると、被告Y1は、「そんなことはできません。既に取引所に注文してしまったのですから。もう、建てた売り五〇枚には現在七〇万円の利益が出ているんです。出すものは出して、利益をとろうではありませんか。私も当日納金すべきものを所長さんを信頼して二、三日待っているんです。」などと、あたかも原告が自らの意思で建玉した分の証拠金を被告Y1が特に会社に頼み込んで納金を待っているかのようにいって、原告が三〇〇万円を用意しなければならないかのように誤信させて金員の支払を迫った。しかし、原告は、もうすべて決済しようと考え、「どうしてやめられないのか。金はないし、どうすればいいのか。」と被告Y1に問いただすと、被告Y1は、「三〇〇万円を入れてくれないとやめられません。どうして、やめるんですか。何もやめなくても売り五〇枚、買い五〇枚の両方で利益がとれるんです。何も今やめて大きな損を出すことはないでしょう。あと二、三日待ちますので、三〇〇万円を用意して下さい。お金は所長さんのために私が上司にかけあって待ってもらいますから。」などとながながと巻し立て、原告の手仕舞い要求を拒否した。

9(一) 同月一九日午前九時ころ、原告は、そもそも、三〇〇万円の委託証拠金が必要となった売り五〇枚は被告Y1が原告に無断で建玉したものであることや、金がないのに取引をやめられないのは不合理であり不自然であるとして、被告Y1に電話を入れ、「そもそも、私はY1さんに両建をお願いしたわけでない。そのとき、お客さんもいたので、あとで会社へ行って説明を聞くと言っただけだ。そして、会社へ行ったら、Y1さんが『よかったですね』といったり、もう、既に買ってしまったといって、押さえた資料を見せられたりしたけど、あれはY1さんが一方的にやったものではないか。私は、その晩、眠ることもできず、一五日の朝一番でY1さんに電話し、『今までの損が一二〇万円となっているそうだが、もうそれで清算してほしい』といってもダメだと言って、応じてくれなかったではないか。」と抗議し、再度、「なぜ、やめられないのか。もう損は損でいいから、二〇〇万円は勉強のつもりで諦めるからすべて終わりにして欲しい。」と申し入れた。しかし、その際も、被告Y1は、「確かに、所長さんのおっしゃるとおりです。しかし、なぜ、やめるんですか。なにもやめなくてもいいのに。どうしてもやめたいなら、まず三〇〇万円を入れて下さい。そして、すぐに売り五〇枚をはずせば、三〇〇万円は帰ります。その後、今度は買い五〇枚の値段が上がるのを待てばいい。今度は追証の必要もありません。買い五〇枚二〇〇万円はプラスをとる資金、売り五〇枚三〇〇万円は守りのための資金。今後は資金の迷惑をかけません。」などとあたかも三〇〇万円と二〇〇万円が両方返還できるかの説明をし、原告から「その判断が難しいのではないか」と反論すると、被告Y1は「そのために私達プロがいるんです。私達がアドバイスさせていただくわけですから、大丈夫です。」などと切り替えし、仕切り拒否を続けようとした。

10(一) 同月一九日、原告は、吉岡和弘弁護士に相談し、同弁護士からの同日付内容証明郵便をもって、本件先物取引委託契約の無効・取消の意思表示をするとともに、一切の建玉を直ちに手仕舞いするよう申し入れ、右書面は同年同月二〇日被告会社に到達した。

(二) 同月二日、被告会社は、三〇〇万円の入金がない以上取引から離脱することもできないとの被告Y1のことばとは裏腹に、同日の後場一節をもって、一切の建玉を手仕舞いし、右手仕舞いの結果原告にはわずか四万二三二九円の損が生じただけの状態で取引を終えることができた。

11(一) 同月二二日午後四時ころ、原告の吉岡弁護士は、右内容証明郵便をもって以後は原告本人に対する直接の交渉をしないよう申し入れていたにもかかわらず、被告Y1は、原告の勤務先に押しかけたが、原告は不在であった。

(二) 同月同日午後八時ころ、被告Y1は、原告方に押しかけ、原告が妻に内緒で本件取引をしていることを十分に認識していたにもかかわらず、原告の自宅玄関口前で、大声で、「所長さん、このままでは損しますよ。大変なことになりますよ。是非、私の話を聞いて下さい。」などと原告に面会を強要し、原告がドア越しに「弁護士に任せた。話は弁護士として欲しい。早く帰ってくれ。」と再三要請したが、被告Y1は、しばらく帰ろうとはしなかった。当時、原告には受験勉強中の子供もいて、被告Y1と原告との夜更けのやりとりに脅え、妻も原告に対する不信感や不安感を募らせるなどしたため、原告は、夫として、また父親として、その威信を失うとともに、今後も被告Y1による同種行為が反復するのではないかとの恐怖感に襲われた。

(三) 同月二三日午前九時ころ、原告は、吉岡弁護士に電話を入れ、「先生、大変、困ったことになった。Y1がうちに押しかけて、子供らの手前、本当に困る。妻にはすべてを知られてしまうし、また今日も来るかもしれない。なんとかなりませんか。」と訴えた。

(四) 同日午後一時一五分ころ、吉岡弁護士は、被告会社に電話を入れ、被告Y1に対し、原告との直接の面談を強要することはやめるよう申し入れ、被告Y1から了解を得た。

(五) 同月二三日、被告Y1は、同日付の消印のある速達郵便を原告に送付し、前記六月一九日付内容証明郵便の文書にアンダーラインをつけて、「あまりに違いがあり驚いてしまい、X(原告)さんが書いたとはとても信じられないような思いです」などといって、なおも弁護士を除外して直接の交渉を継続しようとした。

(六) 同月三〇日、原告は、再び恐怖心に襲われ、吉岡弁護士に依頼して、同日付の内容証明郵便をもって、再度、直接の交渉をしないよう警告する書面を被告会社に発したところ、右書面到達以後、被告Y1からの直接の面談を求める行為はされなくなり、原告一家は生活の平穏を得るようになった。

三  被告らの行為の違法と法的効果

被告Y1の前記各行為は、次に述べるとおり、① 民法上の詐欺を構成し、本件先物取引委託契約は、取り消されるべきものであり、また、② 商品取引所法等の行政ないし取締法規に違反するばかりでなく、私法上も公序良俗に違反するから、本件先物取引委託契約は無効であり、したがって、右①及び②のいずれの場合も、被告会社は、原状回復義務があり、さらに、③ 不法行為責任、④ 債務不履行責任を構成するから、原告に生じた後記全損害を賠償する責任がある。

1 被告Y1は、新規顧客の獲得を目的として、面識のない不特定多数に対し、無差別に電話による勧誘を行った。

2 被告Y1は、原告がもともと先物取引についての知識・経験を有しないことを知りながら、先物取引についてわずかな説明をしただけで、先物取引の特徴である投機性等の危険性につき十分な説明をしないまま、勧誘をした。

3 被告Y1は、「必ず儲かる。」などと出資元本を保証したうえ、確実に利益が得られるかのような断定的利益判断を提供して、勧誘した。

4 被告Y1は、原告が新規委託者であるのに、取引開始後三か月間は建玉枚数を二〇枚に制限して新規委託者の保護を図ろうとする新規委託者保護管理協定に違反して、取引開始直後から一挙に五〇枚もの建玉をさせた。

5 被告Y1は、一方的に売り五〇枚の建玉をするなど、無断売買をした。

6 被告Y1は、原告の無知に乗じて、「損失拡大を防止する。両方に利益が出る。」などといって安心させ、有害無益な両建玉を行わせた。また、売り五〇枚については、三〇〇万円の証拠金を徴していないのに、一方的に建玉をした行為は「無敷」と呼ばれる違法行為となる。

7 以上、被告Y1の右一連の法規違反行為は、詐欺・背任行為に該当するが、そればかりでなく、右行為は、多額の損失を生じる危険性の高い商品取引を行う外務員の行為を規制し委託者保護を徹底する趣旨で設けられた諸法規に違反し、しかも、商品取引員として社会通念上許容された域をはるかに越えた違法行為であり、それ自体が民法上も公序良俗違反を構成して取引行為の無効を生じさせるものである。

四  原告の損害

原告は、被告Y1の右違法行為によって、次のとおりの損害を被った。

1 積極損害 二〇〇万円

原告は、被告Y1から、委託証拠金名下に金二〇〇万円を騙取された。

2 精神的苦痛に伴う慰藉料 七〇万円

原告は、被告Y1の巧妙かつ悪質なセールスにより本件取引に引き込まれ、連日のように、被告らの悪質な言動に振り回された。そして、被告Y1は、原告からの度重なる仕切要求にもかかわらず、これに全く耳を貸さず、また、手仕舞いを拒否し、原告に三〇〇万円が用意できなければ取引から離脱できないかのごとく誤信を生じさせ、原告を精神的に翻弄疲弊させ、眠れぬ日々を余儀なくさせた。

しかも、原告は、前記のとおり、再三にわたる被告Y1の面談強要により、夫として及び父親としての威信を失墜し、受験勉強中の子息や妻の生活の平穏を害され、そのうえ、弁護士を除外した度重なる直接の面談強要によって著しい恐怖心を抱き、弁護士から被告会社に対する再三の警告を求めなければならない苦痛も味わった。以上の原告の苦痛を慰藉するためには、少なくとも七〇万円を下らない賠償が必要である。

3 弁護士費用 七〇万円

本件のような特殊な事案の訴訟には、弁護士に対する訴訟委任が不可欠である。

五  まとめ

よって、原告は、被告会社に対し、詐欺により取り消されて効力を失ったか、又は公序良俗に違反して無効である本件先物取引委託契約の委託証拠金として被告会社に交付した金員について原状回復義務に基づき、委託証拠金二〇〇万円の返還、あるいは、被告らに対し、不法行為責任(被告Y1につき民法七〇九条、被告会社につき七一五条)、又は、被告会社に対し、債務不履行責任に基づき、原告の被った右損害三四〇万円及びこれに対する不法行為のあった後である平成元年六月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。

【請求原因に対する認否】

一  請求原因一の事実(当事者)に対し

1 同1の事実は認める。

2 同2(一)の事実は認める。2(二)の事実は否認する。

3 同3の事実のうち、被告Y1が被告会社の仙台支店営業部副課長であることは認め、その余の事実は否認する。

被告Y1の主たる業務は、顧客管理である。

二  請求原因二の事実(被告会社の詐欺商法と被害の発生)に対し

1(一) 同1(一)の事実のうち、原告主張の平成元年五月ころ被告Y1が原告に電話を入れ、先物取引を知っているか否か、綿糸が投機の対象として妙味のある状態であること、被告会社が通産省公認の信用ある会社であり、面会して話しを聞いて欲しい旨を述べたこと、しかし、原告があまり関心を示さなかったことは認め、その余の事実は不知。

(二) 同1(二)の事実のうち、原告主張の平成元年六月五日ころ被告Y1が原告に対し電話を入れ、先物取引について話しを聞いてもらうために面会したい旨を申し入れ、原告の了解を得たことは認め、その余の事実は不知。

2 同2の事実のうち、原告主張の右同日の午後六時ころ被告Y1が原告の勤務先を訪ね、原告に会い、原告に対し、先物取引について綿糸五〇枚の建玉をした場合の例を説明し、当時中国政府に対する学生の民主化要求の動きにより中国からの輸入が急減していることを説明したこと、豊田商事の話が出た際、現物紛い商法や海外先物業者の話、これらの取引と被告会社の行う国内公設市場による取引との取引形態の差異を説明し、通産省等の指導監督も厳しいし、しかも、被告会社は信用のある会社であると説明したこと、また、その際原告に対し被告会社のパンフレット《乙一》を交付したこと、原告から「預けたお金が半分に減ったりなくなったりすることはないか。」との質問を受けたことは認め、その余は否認する。

3(一) 同3の事実のうち、同月六日午前九時ころ、被告Y1が原告の勤務先に電話を入れ、原告に対し、中国問題について詳細な説明をしたことは認め、その余の事実は否認する。

(二) 被告Y1はこの道一筋に八年間やっていること、原告に中国問題に関する外電ファックスを示したこと、「初めての人にはその場でお金をいただくことになっている。」、「所長さんの場合は明日まで結構です。お金は明日取りに来るから」といったこと、被告会社が通産省公認の会社であると説明したこと、被告会社が一部上場の会社であるか否かの質問を受け、被告Y1が原告主張のように「今は上場していないが、近い将来上場する可能性が高い」と答えたことを認め、その余の事実は否認する。

(被告らの主張)

原告は、右の午前九時ころの電話で、被告Y1から「二七〇円以下で取引ができるならば、始められたらいかがですか。」と勧誘されて、これに応諾し、被告会社に対し取引委託をする意向を示したため、被告Y1は、同日昼ころ原告の勤務先を訪ねたのである。

被告Y1が原告に対し「所長さんの場合は明日までで結構です。お金は明日取りに来ますから」といった趣旨は、原告が委託証拠金二〇〇万円は翌日でないと都合がつかないといったことに対応していったことばにすぎない。

したがって、委託証拠金の入金がない以上、建玉をすることができないことから、同月七日昼ころ原告が二〇〇万円の委託証拠金を持参したので、その預託後建玉をしたのである。被告Y1が既に五〇枚をあたかも原告の注文によって建玉し、もはや委託証拠金を支払うしか後戻りはできないかのごとくいったことはない。

4 同4の事実のうち、被告Y1が礼儀正しく誠実そうに見えたこと、原告が被告Y1に対し「あんたを信用して二〇〇万円だけやってみよう。」と述べて二〇〇万円を預託することを承諾したこと、被告Y1が「明日の七日にお金をいただきにまいります。」といったが、結局原告が被告会社に翌七日正午ころ現金二〇〇万円を持参したこと、その際被告Y1が新聞記事などを示して中国問題について話し合ったこと、原告が帰り際に被告Y1に対し「あなたも若いのに仕事熱心でよい。一生懸命で偉い。」とほめてくれたこと、五日には五〇枚の建玉はされず、原告から入金のあった直後である七日後場に建玉されたことは認め、その余は否認する。

(被告らの主張)

被告Y1は、原告の勤務先を訪ねた際、原告に対し、「商品取引ガイド」《乙三》、「商品取引委託のしおり」《乙五》、「受託契約準則」《乙四》を手渡し、前日の六日の説明に引き続き、株式取引との差、売建玉と買建玉、追証、決済、ナンピン、両建て制度など、懇切丁寧に説明し、原告が先物取引について理解したうえで、「商品取引委託のしおり」の受領書《乙六》に署名捺印を求め、受託契約についての「承諾書」及び「通知書」《乙七》を音読した後、これに署名捺印を受け、危険開示告知書の受領欄にも領収印を受け、さらに同被告の説明についての理解度、商品取引の経験、資産等についての「アンケートカード」《乙八》に記入を依頼し、原告は快くこれを引受け、記入してくれたもので、被告Y1がアンケート用紙の箇所に丸をつける部分を指示したり、原告から「追証って何や」と質問を受けたりしたことはなく、また、被告Y1が「今回は全く追証の必要はないものですから、問題はありません。とりあえず丸を付けておいて下さい。」などとは述べていない。

5(一) 同5(一)の事実のうち、被告Y1が原告の主張する同月九日の午前一〇時一五分ころ原告に電話を入れ、原告に対し委託証拠金が一枚四万円から一枚六万円に値上がりしたと述べたこと、原告に対し綿糸買い五〇枚の建玉を勧誘したが、原告はそれを断ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同5(二)の事実は否認する。原告が被告Y1から原告に電話を入れたと主張する同月一〇日は土曜日であり、同日に被告Y1は原告に電話を入れていない。ただし、被告Y1が右(一)の同月九日午前一〇時一五分ころの電話で原告に対し「誰か知り合いの方をご紹介して下さい。」と述べ、原告が「分かった。考えてみよう。」と答えたことは認める。

6(一) 同6(一)の事実は否認する。

(二) 同6(二)の事実のうち、被告Y1が原告に対し同日午後五時ころ電話を入れ、原告に対し、綿糸の相場が下がってきていると報告したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 同6(三)の事実のうち、被告Y1が原告に翌一四日午前九時五〇分ころ電話を入れ、約三〇分間、相場が下がってきているので、今後の対策として午後も更に下がるようすならば売建玉を建てて両建した方がよい旨を説明したこと、委託証拠金三〇〇万円を用意するように話したこと、原告が同日午後六時ころ被告会社を訪ねると述べたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(被告らの主張)

原告は、右の同月一四日午前九時五〇分ころに入れた電話で、被告Y1に対し、綿糸売り五〇枚の建玉をして、両建することを委託した。原告は、右の電話の時点でどのくらいの損金が発生したかを質問したので、被告Y1は、一二〇万円ぐらいの損になっていると述べたことがある。被告Y1は、同日午後六時ころ、原告に電話を入れ、後場一節で綿糸売り五〇枚の建玉をして両建をしたと報告している。

7 同7の事実のうち、原告が同日午後六時ころ被告会社を訪ね、被告Y1が原告に「所長さん。よかったですね。」と述べたことは認めるが、原告が被告Y1に対し抗議したとの事実を含めて、その余の事実を否認する。

(被告らの主張)

被告Y1が原告に対し「よかったですね。」と述べたのは、両建をした後、後場二節でストップ安となったことから、この両建により一枚につき四円九〇銭、合計九八万円の損を防ぐことができたからである。これを聞いて、原告は喜んでいた。原告は、その際、被告Y1が無断で建玉をしたとか、全部やめてくれとか、一切それに類する抗議はしていない。また、原告は委託証拠金三〇〇万円の支払いについて、翌日現金で持参する旨を約束して帰宅している。

8 同8の事実のうち、原告が被告Y1に対し同月一五日午前九時ころ、電話を入れたことは認めるが、その内容はすべて否認する。

(被告らの主張)

原告は、右の電話で、被告Y1に対し、「今日は入金するのが難しい。」と連絡した。被告Y1は、「委託証拠金はどうしても入金しなければいけないのだから、何とか手を打つように」と述べ、原告もこれに同意して電話を切った。ところが、同日午後二時一〇分、再度原告が被告Y1に電話を入れて「今日はどうしても入金が難しい。」といったので、被告Y1は、「もし入金がなければ、建玉を手仕舞わなければならない。そうなると、損金が確定してしまい、相当の損が出るので、証拠金を預託して欲しい。」と重ねて要請した。これに対し、原告が「翌週月曜日の一九日までには入金するから、それまで待って欲しい。」と述べたので、被告Y1は、「上司に頼んで待ってあげる。」と答えた。

被告Y1が右の電話で原告に対し「入金について手を打つよう」いったのは、原告が「資金はあるのだが、妻に内緒で取引をしているので、なかなかお金を持ち出せない。」といっていたことによるものである。したがって、右の二回の電話でも、原告は建玉委託をしていない旨を抗議したこともなければ、手仕舞い要求もなかった。

9 同9の事実のうち、同月一九日午前九時ころ原告が被告Y1に電話を入れたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(被告らの主張)

原告は、右の電話で、被告Y1に対し、「預託金がどうしてもできなかった。」と述べ、さらに、この際そのときになって初めて「この資金ができなければ手仕舞いする以外方法がないのか。」と質問してきた。これに対し、被告Y1は、「確かにそのとおりです。」と答え、被告Y1が「もう少し努力をし、午後電話をする。」といって、電話を切った。

同日午後一二時一五分ころ、原告が被告Y1に電話を入れ、「やはり資金が作れなかった。」と述べたので、被告Y1は、「それでは最後にもう一日だけ待つ。」と答えた。被告Y1は、翌日原告から入金がない場合には手仕舞いをする予定にしていた。これは、建玉が既に両建になっているので、手仕舞いを遅らせても、原告に発生する損金には変わりがないので、原告を信頼して待ったのである。

10 同10の事実のうち、原告の代理人である吉岡弁護士が平成元年六月一九日付の内容証明郵便をもって、本件先物取引委託契約の無効・取消の意思表示とともに、一切の建玉を直ちに手仕舞うことを申し入れ、右意思表示が同月二〇日被告会社に到達したこと、被告会社が同日後場一節をもって一切の建玉を手仕舞いしたことは認めるが、原告に発生した損金の額は否認し(原告に発生した損金は二〇四万二三二九円である。)、その余は不知。

11 同11の事実のうち、被告Y1が同月二二日午後四時ころ原告の勤務先を訪ねたが、原告が不在であったこと、被告Y1が同日午後八時ころ原告の自宅を訪ねたこと、被告Y1が原告に対し同月一九日付の内容証明郵便の写しにアンダーラインを付して「あまりに違いがあり驚いてしまい、Xさんが書いたとはとても信じられない思いです。」と付け加えて、速達郵便で送付したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(被告らの主張)

被告Y1は、原告方を訪ね、「今晩は、X所長はお帰りでしょうか。」と声をかけたところ、原告の妻らしき女性がドアを開けず、ガラス戸越しに「誰か」と問うたので、被告Y1は、「Y1です。」と告げたところ、同女性は、「その件については何も話すことはありません。」といったので、「私としては用事があるので、X所長に会わせていただけないでしょうか。」と告げたところ、同女性は、家の奥に入ってから暫くして、「主人は何も話すことがないそうです。話は弁護士として欲しい。」といったので、被告Y1は、「もらった内容証明の内容は、著しく事実と違い、非常に心外である。」と告げたが、応答がないので、そのまま帰宅したものである。

被告Y1は、前記内容証明郵便の記載が原告の供述に基づいてされたとは信じられなかったので、原告方を訪ね、原告から直接真否を聞き質したかった。しかし、被告Y1は、原告と面会することができなかったため、右のように文書を送付したのである。

三  請求原因三の事実(被告らの行為の違法と法的効果)に対し

同三の柱書の部分の主張は、いずれも争う。

1 同1の事実は否認する。

2 同2の事実は否認する。

3 同3の事実は否認する。

4 被告会社には何ら新規委託者保護管理協定に違反する事実はない。被告会社では、新規委託者保護管理協定に基づく社内規定に基づき、委託売買枚数の超過についての審査を行い、そのうえで売買の受託を受けている。

5 同5の事実は否認する。

6 同6の事実は否認する。

7 同7の事実は否認する。

四  請求原因の事実(原告の損害)に対し

1 同1の事実は、現金授受の点を除き、その余の事実は否認する。

2 同2の事実は否認する。

3 同3の事実は否認する。

【抗弁】

過失相殺について

一  原告は、本件先物取引委託契約の当時四三歳(昭和○年○月生まれ)で、かつ、a工業協同組合のb営業所の所長であり、社会的・経済的にも経験や能力に富んでいた。

二  被告Y1は、原告に対し、平成元年六月五日、パンフレット《乙一、二》を交付し、その翌日、更に商品取引ガイド《乙三》、商品取引委託のしおり《乙五》及び受託契約準則《乙四》を交付し、被告Y1はそれらに基づき、原告に対し、商品先物取引を初めて行う者が理解しておくべき事項の説明を行い、併せて商品先物取引の危険性について告知した。

三  原告の前記社会的経験度及び被告Y1の前記説明等からみて、原告は、被告Y1の説明により、十分に商品先物取引の仕組み、その内在する危険性等を理解したうえで、本件委託契約を締結し、個々の売買注文を自らの意思で行う能力と機会は十二分に有していた。

仮に、原告が商品先物取引の危険性について、理解していなかったとしても、それは、その理解の努力を怠ったにすぎない。

しかも、被告に交付された書類、例えば商品取引委託のしおり《乙五》を読めば、原告主張のすべてのトラブルは回避できたものであり、原告の過失は重大である。

四  原告は、自ら行った注文があたかも被告会社の外務員の言うがままにしたもので、自らの責に帰すべきからざるものであるかのごとき主張をする

しかしながら、そもそも商品先物取引契約は、何時でも解約(手仕舞い)できるものである。また、前記原告の社会的経験度から見ても、断固とした態度で、損勘定でも手仕舞いすることは十分できたはずである。それにもかかわらず、原告が手仕舞いすることなく、建玉を行ったのは、被告自身、損金を確定したくなく、後日挽回したいと強く念じたからにほかならず、原告に生じた損金の拡大は、原告自身の右取引姿勢に起因するものである。

五  以上の各事情から見て、万一、被告らに不法行為責任が認められるとしても、原告自身の過失は極めて大きく、相殺として八割の減額がされるべきである。

【抗弁に対する認否】

一 被告らの過失相殺の主張は争う。

二 商品先物取引委託において、外務員の故意による違法な勧誘によって誘発された顧客例の過失は、過失相殺の過失として斟酌することは、商品取引員に違法な利益の残存を容認する結果を招来することになるから、公平の見地からいっても、また解釈論上も、許されるものではない。

理由

一  請求原因一の事実(当事者)について

請求原因一1の事実、2(一)の事実、同3の事実のうち、被告Y1が被告会社の仙台支店営業部副課長であること、平成元年六月七日、原告が被告会社に対し委託証拠金として二〇〇万円を交付したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  被告会社の原告に対する勧誘等の状況

1  被告Y1と原告との間で取り交わされた電話及び面談の日時、その会話の内容については、次の限度で当事者間に争いがない(弁論の全趣旨によって認められる事実を若干含む。)。

(一)  平成元年五月ころ、被告Y1は、先物取引に全く経験も知識もない原告に電話を入れ、先物取引を知っているかどうか、綿糸が投機の対象として妙味のある状況にあるが、先物取引をやってみないか、被告会社は通産省公認の信用ある会社であり、面会して話しを聞いて欲しいと申し入れたが、原告は、あまり関心を示さなかった。

平成元年六月五日ころ、被告Y1が原告に電話を入れ、先物取引について話しを聞いてもらうために面会したい旨を申し入れ、原告の了解を得た。

(二)  同日の午後六時ころ、被告Y1は、原告の勤務先を訪ね、原告に会い、原告に対し、先物取引について綿糸五〇枚の建玉をした場合の例を説明し、当時中国政府に対する学生の民主化要求の動きにより中国からの輸入が急減している状況を説明し、豊田商事の話が出た際、現物紛い商法や悪徳先物取引業者の行う取引と被告会社の行う国内公設市場による取引とは全く異なることを強調し、通産省等の指導監督も厳しく、しかも、被告会社は信用のある会社であるから、心配はいらないと説明し、また、その際原告に対し被告会社のパンフレット《乙一》を交付した。その際、原告は、被告Y1に対し、「預けたお金が半分に減ったり、なくなったりすることはないか。」との質問をし、被告Y1は、原告の右質問に対し答えをした。

(三)  同月六日午前九時ころ、被告Y1は、原告の勤務先に電話を入れ、原告に対し、中国問題について詳細な説明をした。

同日昼ころ、被告Y1は、原告の勤務先を訪ね、この道一筋に八年間やっていると述べた。そして、被告Y1は、原告に対し、中国情勢に関する外電ファックスを示した。被告Y1は、原告に対し、「初めての人にはその場でお金をいただくことになっている。」、「所長さんの場合は明日まで結構です。お金は明日取りに来るから」と述べ、被告会社が通産省公認の会社であると説明し、原告から被告会社が一部上場の会社であるか否かの質問を受け、「今は上場していないが、近い将来上場する可能性が高い。」と答えた。

(四)  被告Y1は、原告に対する先物取引についての以上の説明の際には、被告会社のパンフレットのほか、綿糸の先物取引についてのパンフレット《二》を交付し、更に、商品取引ガイド《乙三》、商品取引委託のしおり《乙五》及び受託契約準則《乙四》を交付し、しかるうえで、原告との間で、「承諾書及び通知書」《乙七》を取り交わすなどして、本件先物取引委託契約を締結した。

(五)  原告には、被告Y1が礼儀正しく誠実そうに見えたこともあって、被告Y1に対し「あんたを信用して二〇〇万円だけやってみよう」と述べて、二〇〇万円を預託することを承諾した。被告Y1は「明日の七日にお金をいただきにまいります。」といったが、結局原告が被告会社に翌七日正午ころ現金二〇〇万円を持参して、被告会社に対し委託証拠金として支払った。その際、被告Y1は、新聞記事などを示して中国問題について話しをし、原告は、帰り際に、被告Y1に対し「あなたも若いのに仕事熱心でよい。一生懸命で偉い。」とほめた。なお、同月五日には五〇枚の建玉はされず、原告から入金のあった直後である同月七日後場に建玉された。

(六)  被告Y1は、原告の主張する同月九日の午前一〇時一五分ころ原告に電話を入れ、原告に対し委託証拠金が一枚四万円から一枚六万円に値上がりしたと述べ、原告に対し綿糸買い五〇枚の建玉を勧誘したが、原告はこれを断った。なお、被告Y1は、右午前一〇時一五分ころの電話で原告に対し「誰か知り合いの方をご紹介して下さい。」と述べ、原告が「分かった。考えてみよう。」と答えた。

(七)  被告Y1は、原告に対し同日午後五時ころ電話を入れ、原告に対し、綿糸の相場が下がってきていることを報告した。

被告Y1は、原告に翌一四日午前九時五〇分ころ電話を入れ、約三〇分間、相場が下がってきているので、今後の対策として午後も更に下がる状況ならば、売建玉を建てて両建した方がよい旨を説明し、委託証拠金三〇〇万円を用意するように話した。

(八)  同日午後六時ころ、原告は、被告会社を訪ね、被告Y1が原告に「所長さん。よかったですね」と述べた。

(九)  原告は、被告Y1に対し同月一五日午前九時ころ、電話を入れた。右の電話では、被告Y1が新たな委託証拠金三〇〇万円の支払いを要求し、原告がこれに応じようとしなかったため、かなりのやり取りが行われた。

(一〇)  同月一九日午前九時ころ、原告は、被告Y1に電話を入れた(この電話でのやり取りの内容は、検甲一によれば、原告主張のとおりであったと認定することができる。)。

2  右の原告と被告Y1との間の電話及び面談における会話について、右判示以上の詳細な内容は、その会話を録音したテープが残存し証拠《検甲一》として提出された平成元年六月一九日の午前九時ころからの電話における会話を除いて、原告の主張にそう証拠としては、主として原告本人の供述があり、被告らの主張にそう証拠としては、主として被告Y1本人の供述があり、そのかなりの部分において先鋭に対立しており、その詳細な会話内容を細大漏らさず再現するように認定することはもとより不可能であるといわざるを得ないが、右各本人の供述の信用できる部分と信用できない部分とに選別判断すると、検甲一によって認められる被告Y1の話し方の具体的な内容・手法・態様、甲一四の1及び2、二〇、二二によって認められる被告会社の顧客との一般的な対応から考えると、右の会話の内容については、原告主張ないし原告本人の供述における内容が原告本人が独自で案出したものと想定することは極めて考えにくい(そうかといって原告の弁護士の助言を得て案出されたとはなおさら考えにくい。)から、原告本人の供述するところは、原告本人の経験と記憶に基づくものと推認せざるを得ず、結局、被告Y1と原告との間で取り交わされた会話の内容は、ほぼ原告の主張するとおりであったと認定するのが相当である。

3  次に、慰藉料発生の原因となる事実関係についてみるに、当事者間に争いのない事実、甲八及び九の各1と2、原告本人の供述、並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、被告会社との本件紛争を自分一人では到底解決することができず、吉岡弁護士にこれを依頼し、同弁護士は、平成元年六月一九日付(到達は同月二〇日)の内容証明郵便をもって本件先物取引委託契約の無効・取消の意思表示とともに、一切の建玉を直ちに手仕舞うことを申し入れたこと、被告会社は、これによって、ようやく同日後場一節をもって一切の建玉を手仕舞いしたこと、ところが、被告Y1は、それでも原告本人との直接折衝に固執して、同月二二日午後四時ころ原告の勤務先を訪ね、原告が不在であったところ、同日午後八時ころには、今度は原告の自宅を訪ね、さらなる接触を試みたこと、さらに、被告Y1は、原告に対し同月一九日付の右内容証明郵便の写しにアンダーラインを付して「あまりに違いがあり驚いてしまい、Xさんが書いたとはとても信じられない思いです。」と付け加えて、速達郵便で送付したこと、このため、原告は、再び吉岡弁護士に依頼して、原告本人との接触をしないよう警告する趣旨の書面を送付してもらったことが認められる。

三  以上の事実関係によって、原告の請求の当否及び抗弁の採否について検討する。

1  原告は、まず、本件先物取引委託契約の締結には被告Y1の詐欺があり、取り消されるべきであると主張するが、原告本人の供述によっても、契約の締結自体については、原告は、商品先物取引について一応の知識を得て、これに応諾しているのであって、いまだ詐欺に当たるとはいえない。

2  原告は、本件先物取引委託契約は、違法であり、公序良俗に反して無効であると主張するが、原告本人の供述によれば、原告は、自分がいかなる契約に基づき、いかなる取引をしているかについては、一応の認識を有していたと認められ、被告Y1のした前記認定の違法行為も、個別の説明内容や行為について総合していえる評価であり、契約自体を被告Y1の他の言動と切り離してそれ自体として公序良俗に違反して無効であるということはできない。

3  しかしながら、前記判示の事実によれば、被告Y1の原告に対する電話及び面談における説明内容などに鑑みると、被告Y1の原告に対する行為は、全体として、不法行為を構成するもというべきである。

四  原告の損害

1  原告が委託証拠金名下に被告会社に交付した二〇〇万円は、原告の損害であるということができる。

被告らは、原告の右損害について過失相殺を主張するので、判断するに、原告は、被告らの行為は故意によるものであるなどとして、過失相殺の法理を適用することはできないと主張するが、前述したように、被告Y1の行為は、詐欺による金員騙取のような態様ではなく、したがって、原告から委託金の交付を受けた時点で不法行為の成立を肯定し得るものではなく、被告Y1のそれまでの言動及びその後の言動と相俟って全体として不法行為性を帯びるもので、単純な故意による不法行為とはいえないから、過失相殺の法理の適用を肯定することができるものというべきである。

そこで、考えるに、原告の前判示の社会的経験、年令、その他を考えると、原告は、二〇〇万円の委託証拠金を交付するまでの間に、ある程度困難な状況下ではあるものの、さらなる慎重さと適切な判断を一応は期待し得たものと推認される。原告の過失として斟酌される割合は、二割である認めるのが相当である。

2  次に、慰藉料については、前記認定判示の事実によれば、原告の精神的苦痛は、主として、① 追加証拠金三〇〇万円の支払いを執拗に求められたことによるもの、② 原告が吉岡弁護士に本件を委任した後も被告Y1から直接交渉を執拗に求められたことによるものがあるところ、右①の精神的苦痛については、原告が三〇〇万円の支払いを免れたことにより、回復したものと認められるが、右②の精神的苦痛については、原告が吉岡弁護士に本件を委任して以降の被告Y1の原告に対する言動は、常軌を逸しており、不法行為を構成するものというべきであり、本件に現れた一切の事情を斟酌すると、原告の慰藉料は五万円が相当である。

3  弁護士費用相当損害については、本件事案の性質からすれば、本件は原告が一人では解決することはできなかったことが明らかであり、本訴認容額、その他一切の事情を考慮すると、二〇万円と認定するのが相当である。

五  よって、原告の請求は、過失相殺後の財産的損害一六〇万円、慰藉料五万円、弁護士費用相当損害二〇万円の合計一八五万円及びこれに対する不法行為の後である平成元年六月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余の部分は理由がない。

(裁判官 塚原朋一)

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